私たちのからだを作る食べ物の味、甘い・辛い・塩辛い・酸っぱい・苦い(五味)は、からだの状態にも大きく影響を与えます。食べる未病対策についてお話します。
自然界と響き合う
からだと心の小宇宙
節電に気を配りながら、「暑邪」と「湿邪」に注意が必要な夏本番。二つの外邪は、熱中症や夏風邪、夏バテなどのもと。私たちから元気を奪い、反対に細菌やカビを活発に働かせます。具体的には、食欲不振・睡眠不足・意欲の低下・胃腸障害・皮膚のトラブルなど、全身症状から部分的な症状までさまざまな不調をきたします。「だるい」「眠い」「痛い」「かゆい」・・・・・・。つい口に出てしまう季節ですね。
私たちのからだは、60兆個の細胞からなり、似たような働きの細胞が集まって、消化を担当したり、呼吸を担当したりする器官を形成しています。西洋医学では、消化器・呼吸器などその器官ごと、あるいは内科・外科・皮膚科のような診療科ごとに受診しますが、東洋医学では、一人のからだと心をひとつの宇宙として捉えます。五臓や六腑が相互に関連するばかりでなく、肌の状態や舌の形状、心の状態までも関係し合っているという考え方です。
このような考えを表す言葉を二つご紹介しましょう。まず「心身一如」、これは心と内臓や他の機能とは密接に関係しており、切り離せないということ。もう一つは「天人相応」、これは「天(自然界の仕組み)」と人の仕組みは基本的に同じであり、人体の生理・病理は自然界の変化と相応関係にあるということです。
個々の小宇宙の中を流れることで健康を維持しているのが、目に見えない生命エネルギーともいうべき「気」と血液を代表とする色のついた液体「血」、そしてリンパ液を代表とする無色の液体「水」です。外部の環境(外邪)や自分の精神状態(内因)により、五臓六腑や気・血・水の流れに不具合が起こると「未病」になります。それでも不摂生を続けていると、連鎖的に小宇宙が乱れて病気に向かうことになります。シリーズ第3弾では、五臓からのサインとその養生についてお話します。
肺
気のエネルギーや
「水」を全身に巡らす鍵
猛暑が過ぎ、風には秋の気配が感じられます。ほっとして、この季節に夏バテの症状が出ることがありますので、油断大敵です。暑さの残る日中と朝夕の寒暖の差から自律神経が乱れて起こる初秋のトラブルです。解消方法は、早寝・早起きと夜の熟眠。ぐっすり眠るには、朝ごはんをよく噛んで食べ、寝る前には熱いシャワーでなく、ぬるめのお風呂にのんびりつかることが手っ取り早い対策です。
この時期は、夏のジメジメした空気からさらりと気持ちのいい空気になる一方で、五臓の中の「肺」と関連する六腑の「大腸」が、乾燥に侵入されやすいとされています。現代医学の肺は、呼吸器官であるのに対し、東洋医学の「肺」は鼻・咽喉・気管・気管支や皮膚呼吸に関する皮膚の毛穴や汗腺までを含み、「宣発・粛降を司る」とされています。「宣発」とは、気のエネルギーや「水」を全身に巡らせたり、汗としてからだの外へ発散させたりする働きをいいます。また「粛降」とは、五臓の中でからだの下の方へ向かっておろすことです。これは、大腸の働きを整えることにも関係します。
言い換えれば西洋医学的な「肺」は単独で、単一の呼吸を担当しているのに対して、東洋医学では消化器「脾」、循環器「心」、泌尿器「腎」ともバランスをとっていると考えます。「肺」の働きが落ちることで、咳や痰、上半身のむくみなどが起こり、これに便秘のような大腸のトラブルが加わると、症状が治まりにくくなります。
超高齢社会の日本では、誤嚥性肺炎や慢性閉塞性肺疾患(肺気腫・慢性気管支炎)が増えています。「肺」の養生にはまず禁煙と正しく深い呼吸。そして梨や柿、ブドウなど旬の果物でからだを潤し、ゴボウ・白菜など旬の野菜で、便通をよくすることが基本となります。
腎
「寒」の侵入を防ぎ
温かくのんびり過ごす
短い秋が過ぎ、風を通さない上着や温かいお鍋が恋しい気候になりました。秋の「燥(乾燥)」に替わって、冬は「寒(寒冷)」が外因の中心になります。今から3カ月あまりは、寒さを防ぎながら、どちらかというと、静かに過ごす閉蔵の時です。次の季節に向けて、栄養やエネルギーをためておく季節ということもできます。自律神経も交感神経より副交感神経が優位に働く方が正常ですので、驚いたり、ドキドキしたりは避けて、のんびりしていましょう。
体の中で「寒」に一番に痛めつけられるのは「腎」です。現代的に「腎」といえば、「腎臓」「副腎」が思い浮かびますが、東洋医学の「腎」には膀胱や生殖器などなど下腹部にある臓器だけでなく、骨や耳、肺や毛髪とも関連しています。「腎は精を蔵し、発育と生殖を主る」とあるように、「腎」では、生命エネルギーである「気(精)」を蓄えています。この気には、両親から受け継いだ先天の気と食事や呼吸から作られる後天の気とがあります。先天の気は成長や発育・生殖に使われて次第に減っていくのですが、その後、きちんとした食事や深い呼吸を心がけていると、後天の気がそれを補ってくれます。
「腎」が衰えることを「腎虚」といい、高齢になると多かれ少なかれ腎虚のいろいろな症状が現れます。頻尿や残尿感、前立腺肥大、骨粗鬆症、耳鳴りや難聴、風邪・肺炎・抜け毛・白髪など……ですから頻尿や夜間尿に使われる腎虚の方剤「八味地黄丸」で、耳鳴りが改善されることもあります。
「寒」の侵入を防ぐには、まず体を冷やさないこと。外出の際には、マフラー・手袋・レッグウォーマーなどで、首・手首・足首を包んでください(おへそや背中を出すのは、もってのほかです)。また野菜とたんぱく質をたっぷり取ることのできるお鍋をわいわい食べて熱燗一献。お風呂にはゆったりとつかり、暖かいお布団にくるまって、早めに寝ることにしましょう。
脾
年末年始で疲れた
消化吸収器官を休める
新年が明けて、ひと月近く経とうとしています。何かと気忙しく会食の機会の多い年末、たくさん食べて運動不足になりがちな年始を過ごし、体重計にのって、ため息の人もおられることでしょう。前回お話したように、寒い時期には引き続き「腎」が弱っているのに加えて、暴飲暴食により「脾」の働きが相乗的に弱ってしまいがちです。
東洋医学の「脾」は、西洋医学の脾臓とは異なり、消化吸収を担う器官を総称しています。「脾は運化(運搬・消化)を主る」と言われ、具体的には食べたものを消化し、栄養分や水分、エネルギーのもととして全身に行き渡らせます。「腎」が「先天の本(両親からいただいた気をためておく)」に対して、「脾」が「後天の本」とされるのもこの栄養分の供給という働きによるものです。
ちなみに、1月7日の七草粥は、弱った胃を養生するために食べるとされています。七草のそれぞれに働きがありますが、特にホトケノザには、健胃・整腸作用があるといわれ、スズナ(カブラ)やスズシロ(ダイコン)には、消化酵素が含まれます。
「脾」が衰えると、食欲不振・腹痛・下痢のような消化器症状から、全身へ栄養が行きわたらなくなって全身倦怠感やむくみが起こります。
この時期の未病対策はまず、外因の「寒邪」から身を守ること、そして内因の「食欲」に耐えることです。かといって、すでに食べ過ぎて食欲不振になってしまった場合は、それ以上栄養をつけようと食べないこと。消化器が休息を求めています。ゆったりとした入浴と長めの睡眠で自然治癒力を高めましょう。食欲が戻ったら、消化のいい湯豆腐で良質のたんぱく質を取り、カボチャやカブのような根菜、ホウレンソウやチンゲンサイのような旬の野菜をゆっくりよくかんで食べることで、体の中から温まりましょう。
肝
まずは発散して
血と気の流れ円滑に
桜の便りが日本列島を縦断する季節が近づきました。日本の風物詩である野外のお花見に、今では風(風邪)に乗ってやってくる花粉や黄砂、PM2.5による健康被害の心配があります。花粉による鼻や目の症状だけでなく、黄砂による呼吸器障害、さらには、より粒子の細かいPM2.5による循環器障害など重篤化することが社会問題にもなっています。これには、体質改善など悠長なことでなく、まずはメガネやマスクで避けることしかありません。
東洋医学的に春は、のびのびと人も自然もエネルギーが沸き起こる季節です。冬の間にため込んだ満ちあふれんばかりのエネルギー(気)を活動的に発散することが養生になります。五臓では「肝」が最も関係します。「肝は、血を蔵し、疏泄を主どる」とされ、からだを巡る血をためたり量を調節したりして、血と気の流れを円滑にするはたらきがあり、西洋医学の肝臓とは少し違っています。「肝」は六腑のうちの「胆」をコントロールして、消化吸収を助けるほか、関節や靱帯・筋肉・爪・目とも関係します。
自然に逆らって発散しないでいると、気が上昇して、めまいやのぼせ、アレルギー性の鼻炎や結膜炎など上半身のトラブルが起こったり、筋肉のけいれんやこわばりの原因になったりします。また「肝」のはたらきが亢進することにより、怒りっぽくなったり鬱になったりと情緒が不安定になる場合もあります。外出ができない日には、せめて家の中でまめに家事をしたり、ストレッチやスクワットをしましょう。そして「肝」のためには、酸味のある食べ物が大事です。イチゴ・オレンジ・キンカンのような旬の果物や酢の物を意識して取り入れてください。フキノトウやワラビのような旬の山菜を天ぷらにして食べる時にもレモンやスダチのひとしぼりを利かせましょう。
心
湿邪・暑邪の季節に
備えて発散を
今年は、「ようやく新緑の候」を迎えた気がします。夏日になるかと思えば、急に冬の寒さに戻ったり、すっきり晴れない日が続いたり……と安定しない気候だったため、なんとなく元気が出ない未病の方が多くおられることでしょう。これからは、湿邪の梅雨、暑邪の夏へと季節が移っていくのですが、今のうちに十分からだを動かしてエネルギーを発散し、体調を整えることを心がけてください。
夏は「蕃秀」の季節。すなわち植物が茂って花が咲き乱れ、美しいことを意味しています。ヒトも全開の花のように、老廃物をからだの外へパアッと発散できればいいのですが、うまくいかないと熱がからだの中にたまります。暑い夏に働きすぎてオーバーヒートするのは、五臓のうちの「心」です。「心は、血脈を主り、神を蔵す」といわれ、心臓だけでなく全身の血液の流れや小腸、精神や思考の調節にも関係します。ですから「心」が弱ると、栄養の吸収が悪くなるばかりでなく、息切れや動悸、不眠、脱力感などの症状が現れます。
五味の中で「心」を養う「苦味」には、タケノコやフキ・ゴボウ・ゴーヤ・魚の内臓・緑茶・紅茶・コーヒー・ビールなどがあります。また熱を冷ます旬の食材は、スイカ・トマト・キュウリ・ナス・冬瓜などですが、冷房の利いた部屋にいることが多く、暑邪対策に集中できないのが現代人です。
こもった熱を発散することも必要ですが、冷やしすぎないことの方がもっと大事。白い食品(白米・小麦・白砂糖・白ゴマ・白ワイン)よりは、色の濃い食品(玄米・雑穀・黒砂糖やはちみつ・黒ゴマ・赤ワイン)を選び、ショウガやトウガラシ、クローブやシナモンなどの香辛料やハーブ、納豆やヨーグルトなどの発酵食品をうまく取り入れて、冷えすぎないように工夫してくださいね。