私たちのからだを作る食べ物の味、甘い・辛い・塩辛い・酸っぱい・苦い(五味)は、からだの状態にも大きく影響を与えます。食べる未病対策についてお話します。
 

第1話 

からだと密に関わる
“食べること”

 私たちは、体調を痛みや疲れなどと同様に「食欲」で感じることがあります。「なんだか食べる気がしない」「あっさりしたものが食べたい」「肉が食べたい」のように、その時々でからだの訴えを聞いているのです。また、苦味のビールが、仕事のあとに飲むと特においしいのはなぜでしょう? 
疲れている時「甘いものを食べると幸せな気分」になりませんか? 
このようなことからも、食べものの「味」や「性質」がからだに大きく影響することがわかります。
 中国の医学書「黄帝内経」によると、味は酸味・苦味・甘味・辛味・鹹味-かんみ-(塩味)の5種に分類されており、西洋ではギリシャのアリストテレスが示した7種を集約して、酸味・苦味・甘味・塩味の4種の組み合わせで味が決まるとしています。和食には、それに「旨味」が加わっているのが特徴です。
「医食同源」ということばは中国の「薬食同源」を日本人が言い換えたもので、「病気を治すのも食事をするのも、生命を養い健康を保つためで、その本質は同じ」という意味。日々の食事が健康のために重要であることを示しています。
 昔から、動物は栄養をとったり、不調を治したりするためにはどの植物や鉱物を食べればいいのかを経験として積み重ね、ヒトがそれを薬と食べものに分類してきました。今でも漢方薬の生薬が食材として使われているものもあります。最近「からだを温める」とブームになった「生姜-しょうが-」もそのひとつです。ドリンクやキャンディからサプリメントまで多くの商品があり、漢方薬「葛根湯」にも「生姜-しょうきょう-」という生薬として含まれています。とはいえ、同じ栄養だからと豚肉の生姜焼きの代わりにプロテインと生姜サプリを飲んでは満足できません。それはなぜなのか。次回にお話したいと思います。

第2話 

暑い季節は
“苦味 + ピリ辛 + 甘み”

 暑い毎日ですが、食欲はお変わりありませんか?食べることには、からだを作り、エネルギーを補給するだけでなく、「味覚を楽しむ」という働きもあります。「おいしい」と感じることは、それだけで精神状態が安定し、からだのためにプラスに作用します。
 仕事が終わって、気の合う仲間とのビール……。乾杯後のひと口目がたまらないという人も多いでしょう。ストレスがたまると、五味(酸っぱい・苦い・甘い・塩辛い・ピリ辛い)の中でも苦みに鈍感になります。飲み続けるうちにストレスが緩和されて苦みを強く感じるようになり、ひと口目のようなおいしさを感じなくなります。
 特に暑い季節には、熱を冷ます作用のある苦い食べ物がおすすめですが、食べ過ぎるとからだを冷やしてしまいます。それでなくても、クーラーの利いた部屋で生活していると、昔の食養生をそのままにあてはめることができない場合もあります。苦い食品(ホウレンソウ・春菊・ゴーヤ・ゴボウ・ミョウガ・緑茶など)を食べる時には、温める働きのあるピリ辛い食品(ネギ・ニラ・ショウガ・ダイコン・ニンニク・唐辛子・山椒・ピーマンなど)を一緒にとります。また苦みとピリ辛みを調和させるのは甘みの食品ですが、甘みは普通の食生活では不足することはありません。米・パン・うどんのような主食をはじめ、ウナギ・マグロ・ナス・キュウリ・トマト・レンコン・シイタケ・コンニャク・大豆・豆腐などたくさんの食品が甘みの性質をもっています。具体的メニューとしては、①ネギとミョウガを添えた冷奴 ②ニラと一緒に卵でとじたゴーヤチャンプルー ③ゴボウ・ニンジン・ショウガを細切りしたキンピラなど。そしてランチでもうな重には山椒を、マグロ丼にはワサビを、豚肉はショウガ焼きをおすすめします。

 

第3話 

バランスの良い
“辛味+酸み+塩辛み”

 しのぎやすい「天高く馬肥ゆる秋」が巡ってきました。最近は天変地異の繰り返しで、自然への畏怖の念を改めて持たざるを得ませんでした。澄み切った青空を仰いで深呼吸すると、少しは胸のつかえが軽くなる気がします。暑さで食欲がなかったり、胃が弱っていた人も元気を取り戻す絶好の季節です。
 秋の養生は主に二つ。まず一つは、さらっと爽やかな半面、からだも乾燥しやすいので注意が必要ということ。二つめは、旬の食材の多い「実りの秋」だけに、馬のように「肥ゆる」ことのないようからだを動かす習慣をつけること。
 特に乾燥には注意が必要です。肺は乾燥に弱く、風邪やアレルギーなど呼吸器系に異常をきたしますし、大腸が乾くと便秘になりやすくもなります。呼吸器を潤し、こもったものを発散させるピリ辛い食品や水分の多い食品をとるようにしましょう。からだの乾燥を抑える食品としては、梨・柿・ブドウなど水分の多い旬の果物が最適。また辛み食品の代表トウガラシ・ワサビ・胡椒・山椒などは、舌の味細胞で感じる酸み・苦み・甘み・塩辛みなどと違って、痛覚を刺激します(肌に触れても痛いですよね)。普通の和食では大量に食べませんが、食べ過ぎると胃腸を傷つけるのでご注意ください。また、辛みに酸みと塩辛みを合わせるとバランスが良くなります。「焼きたての秋刀魚」には大根おろしとスダチやカボスを、「ワカメやモズクの酢の物」には針生姜を、「アサリの酒蒸し」にはレモンを添えてください。赤貝とネギの酢味噌和え、大根・カブのピクルスや浅漬けもいいでしょう。ビール以外のお酒は辛みに入るものが多いので、酸みの肴をうまくとり合わせ、揚げ物は控えめに。そして毎日おいしく食べて飲むには、すがすがしい空気の中をさっそうと歩くことが大切です。いつもより速く、より長い距離を心がけて…。

 

第4話 

からだ温める“鹹み”
天然塩を良い塩梅で

 

 短い秋が過ぎ、立冬(11月8日)からすでにひと月が過ぎました。この季節の養生は、からだを温めることが何よりなので、温める食品・温かい食事をとることになります。温める食品とは、旬のうち、ニラ・ネギ・カボチャ・サツマイモ・山芋・紅鮭・牡蠣・栗・リンゴなど、またからだを温める味は、五味の中で「鹹み(塩辛み)」が担当します。高血圧や脳血管疾患との関係性から戦後、減塩が推奨されてきました。今ほど暖房器具が整っていなかったため熱いものを食べることで温まり、流通が発展していなかったために塩漬けなどの保存食が必要だったことも塩分とりすぎの原因だったのでしょう。今でも私たちの舌は、熱いと塩分を感じにくくなるので、みそ汁などを作る際には注意が必要です。五味の「鹹み」は、精製された塩(塩化ナトリウム)ではなく、なるべく天然の塩と食品からとるようにしましょう。天然の塩には、「苦汁(マグネシウム・カリウム)」やカルシウムが含まれているので、これらのミネラルが鹹みを調和し、腎や膀胱を守ります。そして海産物や魚からミネラルやたんぱく質をとることは、海に囲まれた日本人として自然な身土不二といえます。
 「塩」は調味料としても多くの役割を担い、味付け以外に①脱水(キュウリの塩もみ)②酸化防止(リンゴ・ジャガイモ)③色止め(緑の葉野菜)④防腐(浅漬け・梅干し)などの働きがあります。からだの中の水分(生理食塩水)の濃度は約1%ですから、同じくらいの塩分を最もおいしいと感じます。最近では、油を使う料理が増えてきたことで、減塩をしても昔のように水くさい・味気ないと感じずにすみますが、今度は脂肪のとりすぎによる動脈硬化の増加が問題です。塩味と梅の味が調和の取れていることから「塩梅」ということばが生まれたように、からだにとって大事な栄養を良い塩梅でとってくださいね。

 

第5話 

からだ引き締める“酸み”
で、新陳代謝を促す

 

 立春(24日)からまもなく3週間、暦の上では寒さのピークを越えました。実際にはまだ余寒が厳しいとはいえ、確実に日は延びて自然は陽気を増してきています。
 春の穏やかなぬくもりの中で、気をつけてとりたい味は「酸み」です。酸っぱい食べ物は、イチゴや梅・サクランボ・オレンジ・ミカン・リンゴ・パイナップル・レモン・トマト・ヨーグルトなど。五味(酸苦甘辛鹹)の中でも酸みの食材は、果物以外にはあまり多くはありません。しかし調味料としては、酢だけでなく、味噌や醤油にも鹹み(塩辛味)の中に酸みが含まれます。酸みは発酵や腐敗の目安ともいえる味覚です。化学的な観点からは発酵と腐敗のメカニズムに差はないのですが、私たち人間にとって、都合の良いものを発酵食品とし、悪いものを腐っている(腐敗)としています。
 東洋医学的に酸は、肝、胆、目、筋肉、神経に良いとされ、引き締める働きがあります。酸っぱいものを食べた時に口がすぼんでしまうことからも収れん作用のあることが想像できます。また酸みは、血流や新陳代謝を促し、動脈硬化や梗塞を予防する効果が期待できます。運動などで筋肉を使ったあとは、酢酸やクエン酸が疲労回復を助けます。ただし、取りすぎると胃に負担がかかりますから、寿司のようにたくさん酢を使う時には、砂糖(甘み)と塩(鹹み)で調和します。
 調味料としてのはたらきには①塩味を引き立たせたり、食材に浸透させやすくしたりする(塩を減らせます)②揮発性により、食材の香りを引き立たせる(この性質のため、酸っぱいものを食べる時むせる方がおられますね)③殺菌力があるので、ピクルスや酢漬けのように長期保存ができます。他に灰汁を抜いたり、変色を防いだり、最近はお掃除用の商品も出ています。五味の中では、「大人の味」ですが、どうぞ、酸いも甘いも噛み分けて楽しんでください。

 
 

第5話 

消化管を弛める“甘み”
取りすぎに注意

 

 五味の最後を飾る「甘み」は、赤ちゃんから高齢者まで年齢や性別を問わず、最も幅広く好まれる味です。お酒好きな左党であっても甘いものを好む雨風(落語「蛇含草」に出てくる甘辛のシャレ)の方は多いのではないでしょうか。
 「甘み」は、穀物・豆・肉・魚・種実・野菜・果物など多くの食品がその性質として持っていますから、日常、普通の食事をしていると、不足することはなく、むしろ取りすぎに注意が必要です。食品だけでなく、名前の通り甘い生薬の「甘草」も、漢方薬を全体的に調和したり、味を中和したりする作用があるため、多くの漢方薬に含まれています。たとえば、のどの痛みに服用する甘草湯や桔梗湯、風邪の初期の葛根湯や麻黄湯、花粉症の小青龍湯、内臓脂肪の防風通聖散など、挙げていればきりがありません。また、日本では甘草由来の甘味料も食品添加物として認められていますので、複数の漢方薬を服用している場合は食品の成分表示を確認しましょう。
 東洋医学的に「甘み」には、滋養強壮と「弛める」作用があり、胃を始めとする消化器・筋肉や口に働きます。甘いものは、すばやくエネルギーになるばかりでなく、脳内に快楽物質が生じるため、疲れた時にはケーキやチョコレートのような甘いお菓子が食べたくなります。「ストレス太り」は単なる言い訳ではないのですね。甘いものを見て、食欲が生まれると、消化管の動きを活発にして胃に弛みができるとともに、内容物を送り出して隙間を作ります。これが「別腹」のしくみ。甘い誘惑に負けて食べ過ぎると、からだを冷やして免疫力を落としたり、脂肪をため込むことになったりします。我慢するとそれもストレスになる方は、午後3時に決めて食べると、脂肪になりにくく、夕食の食べ過ぎを防ぐのでお勧めです。

 
 
 

番外1 

次世代に伝えたい
だしのうまみ

 

 第1回で、食材には東洋医学的に五種の味(酸っぱい・苦い・甘い・ピリ辛い・塩鹹い)があるとお話しましたが、日本人にとっては、これらのほかに「うまみ」も大切です。京都大学の伏木亨教授によると、日本人が病みつきになる「おいしさ」は「脂肪・砂糖・だし」。最近とくに「フワフワ・トロトロ」の食感がもてはやされ、「口の中でとける」「噛まずにすむ」ことが若い世代にも好まれているようですが、このフワトロの正体は脂肪と砂糖ですから、食べすぎるとどうなるかは、ご想像どおりです。マヨラーといわれる油ブームも病みつきになる結果といえるでしょう。また、「噛む」ことがないがしろにされているのも問題です。「よく噛む」ことは、消化を助けるだけでなく、食べすぎを防いだり、添加物の害を減らしたり、認知症の予防にもなるなど多くの効用が認められています。
 「脂肪・砂糖・だし」の中で日々の食事に積極的に取り入れ、次世代にもしっかり伝えていきたいのは「だし」であり、うまみです。代表的なうまみ成分は昆布のアミノ酸であるグルタミン酸と、かつお節や煮干しに含まれるイノシン酸で、この二つを組み合わせることでより一層のうまみを引き出すことができます。昭和の時代、昆布を一晩水につけて翌朝取り出し、家で削ったかつお節を入れてひと煮立ちさせることで、だしをとっていました。朝ごはんには、この一番だしでみそ汁を作り、二番だしで煮物を作っていたものです。そのような記憶のある世代にとって、うまみはからだにやさしい味覚ですが、もの心ついたころから、できあいのお惣菜に慣れてしまった今の子どもたちにもぜひ、うまみのわかる味覚を取り戻してほしいものです。ほっこりするようなだしを味わえると、「切れる」ということにはならないと思うのです。

 
 
 
 

番外2

「からだの声を聴いて食べる」
の落とし穴

 

 このシリーズでは、それぞれの味がからだに及ぼす影響についてお話してきました。今回は、私たちのからだの側から「五味」を考えてみましょう。東洋医学の五味は「酸・苦・甘・辛・鹹」ですが、日本食の基本的な五味は「辛」に代わって「旨み(だしの味)」が加わります。
 この中で一般的にいつもおいしく感じるのは、「甘み・鹹み・旨み」です。最も効率的にからだを動かすエネルギー源となるのは「甘み」であり、鹹みや旨みはからだを構成するミネラルやアミノ酸をそれぞれ含むために、からだ側から求めているのでしょう。一部の苦手な人を除いて、最も好まれる「甘み」は、脳内に快感物質を生み出します。疲れた時に甘いものを食べたくなるのは、経験からこの快感を知ってしまっているからです。
 一方、ストレスによって苦みの感受性が弱まり、仕事の後のビールは特にひと口目をおいしく感じます。飲むほどにストレスがほぐれて、苦みを強く感じるようになります。また、肉体労働や運動の後には、汗から流れ出た塩分補給のために塩辛いものを食べたくなったり、酸みの感受性が低下してレモンのように酸っぱい物をおいしく食べることができたりします。
 このように本来は、からだの声を聴いて本能的に食べていると養生になるはずですが、現代の何でも食べたい時に食べられる環境では抑制も肝心になります。特に注意が必要なのは、甘いものと脂肪です。脂肪自体に味はありませんが、甘みや旨みをよりおいしくするとともに柔らかい食感が私たちをとりこにします。最近、カロリー制限をすることで活性化される健康長寿の遺伝子(サーチュイン遺伝子)が話題になっています。私たちは昔から「腹八分目」という大事な教えを知っているはず。からだの欲求には、甘えることなく辛口で応えましょう。